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2009年 10月 26日

ことしのチャンピョン候補ふたたび

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 まいとしじぶんで購入した書籍や写真集をいっしょくたにして勝手にランキング付けているのですが、
これはまさにことしのチャンピョン候補です(もう一冊は同じ青幻舎の「MAGNUM MAGNUMー日本語普及版」。
最近やりますねこの出版社)。ちなみに去年のチャンピョンはカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」でした
(「日の名残り」同様これもまた映画化されるようですがここはひとつキーラ・ナイトレイ@シャネル豊胸疑惑で
お願いしたかった)。

 4年前に同じ出版社より復刻された物は定価31500円だったし(しばらく悩んだ)、
69年の初版(@サイン入り)に至っては神保町の某ぼったくり古書店で90万円以上の
値が付いていました。「いもや」でアツアツのシジミ味噌汁にむせびつつ天丼食べながら
ケシカランと怒り心頭になった思い出があります。てことははじめの発売から
40年経っているのですね。でも作品のゾクゾク感はことし尼崎で開かれていた
展覧会同様、微塵も失われていません。

 さいきんの木村伊兵衛賞作品なんか拝見しても、ぱっと見「まあきれい」という感覚は持ちます。
が、わざわざ購入して家にストックしておきたいと思えるのは志賀理江子くらいです。
(他にも、TV局がタイアップした近親者が死ぬ・もしくはある一定期間だけ生き返る
ゾンビ映画や、BL・ラノベみたいに完全に読者をバカにしているとしか思えない文芸書とは
名ばかりの罰当たり作品が横行し、3年くらいしたらすっかり忘れ去られてバッチリ
買いたたかれてブクオフにて鎮座まします、という感が否めません。ザマミロ。)

 オサレでクレバーなのは現代の風潮を鑑みても(それが敢えての狙いだとしても)、
わたしの鑑賞眼の低さをさしおいて、一枚の写真をつくってゆく上での体温や想いや
骨の軋む音が伝わってきません。

自分の思い描く作品が作れず宿の風呂場で顔を真っ赤にして涙した土門拳や、助手の
森山大道と供になかば強引に家に押しかけて三島の親をあきれさせた彼の「薔薇刑」。
ぐうぜん砂丘を通りがかった小学生をモチーフにとった植田にしても、「じっと」被写体を
待ち続けていた怨念が彼に「ギフト」を与えてくれたのでしょう。

 ひるがえって、永江朗(休刊となった「SMスナイパー」や「Esq」等に連載していた書評家)は
その著書で「書籍はこの30年間で売り上げが2倍に、刊行点数は4倍に増えた」と語っております。
出版関係者は判で押したように「ネット(デジタル化)の台頭で出版業界は風前の灯火だ」とわめきます。
わたしにはむしろ「良書」「悪書」よりももっとたちの悪い「世の中を生きていく上であっても
なくてもどうでもよい本」だけがむやみに増えただけのような気がします。
中上健次を読んで作家を目指すことはあっても、赤川次郎を読んで三姉妹に恋い焦がれる事はありません。

 その「どうでもよい本」の筆頭がブーム化している「新書」ではないでしょうか。
騙されて猫も杓子ものべつまくなしマクナマラ(合掌)に買い漁っている私にも罪はありますが、
読まないことには批判も出来ないのでこれはしようがありません。「語りおろし」という
インタビュー形式でせいぜい3時間程度の全く裏付けのない「とりあえず有名人もしくは
これから有名になりそうな人」のまったく中身のない下らないものいいを、
タイトル名のみ時間をかけて精査し、あとは体裁さえ整っていれば良いという
お手軽本が多すぎます。あ、「貧困大国アメリカ」は良かったですが。
勝間和代はかくじつに3年以内に消えます。
お笑いの「響」はもっと賞味期限が短いでしょう。

 その「お手軽本」ブームの陰に隠れ、ことし晶文社がひっそりと文芸編集部門を閉じました。
「サイ」は投げられた。ダサッ。

by shimac01 | 2009-10-26 13:06 | Book


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